あおいとり~5年後の私は空を飛んでいる

エッセイと頭に浮かんだどうでもよい思考

ずっといられる場所

私は小さいころから引っ越しばかりしていました。

引っ越しというと親の転勤などが理由になりますが、うちの場合は違います。

引っ越したのはどれも学区内の小さなエリア。

わが家はずっと賃貸住まいだったので、家族構成の変化や収入の変化によって、引っ越しが繰り返されたのです。

 

友だちはみんな、自分の家を持っていて引っ越しなんてほとんどしません。

あるとしたら、新築を立てるための引っ越しです。

小学校の高学年になると、友達から「また引っ越すの?」と言われました。

「きっとお父さん、新しく家建てたんだよ、良かったね」と言われたこともあります。

でも、そうでないことはよく分かっていました。

 

子どもながらに、引っ越しばかりしていることが恥ずかしくて、

そんな親の下に生まれてきたことさえも嫌になる時期がありました。

 

結婚をして、私達夫婦の暮らしが始まると、自分の家を持つことが、私の夢となりました。

両親には叶えられなかったマイホームの夢です。

私は絶対叶えたいと思っていました。

 

でも自分が子供だったころと、住宅事情が変化していました。

戸建てを持つのは結構難しい夢となり、手入れが簡単なマンションが増えました。

 

長男を身ごもった時、神奈川県にマンションを購入しました。

最寄り駅から徒歩15分以上ある、坂の上の3LDKのマンションです。

最後の1部屋だったのでだいぶ安くしてもらえたこともあり、そこに決めたのです。

自分の家を持つこと、その夢がかなった瞬間でしたが、私はここが終の住処とは全く思っていませんでした。

だって、私が欲しいのはマンションの一室ではなく、自分の土地に立つ一軒家だったからです。

 

マンションは住民みんなの土地であり、もし災害でマンションが崩れた時、どこに自分の居場所があるのか分からないような土地です。

4階の一室が自分の家であれば、それはその土地の上空のことです。

建物がなくなってしまえばただの空。

そんなはかないものは永遠ではないのです。

だからどうしても、自分の家、土地が欲しかったのです。

そこにいても誰からも文句を言われず、

ずっといられる場所。

 

この夢がかなったのは、離婚して母を引き取り今のパートナーと一緒に暮らし始めた時です。

私は家賃を払い続けるより、ローンで自分の持ち物にした方が合理的だと判断し、家を探し始めました。

家を持つなら、お墓参りに行きやすい場所がいい。そして運命の巡り合わせで今この土地に住んでいます。

 

今になって思うのは、家を持つということは

「ここに居ていいよ」と同時に、

「ここに居なくちゃだめだよ」になるのだということ。

生きていると様々な変化が訪れます。家族構成が変わったり、家族の健康状態が変化したり。そのたびに家自体を変えることはお金のかかることであり、簡単ではありません。これがもし賃貸であれば、その都度引っ越すことで対応できます。

まさに、私が育った環境のことです。

 

子どもの頃は分からなかったけれど、

そして時代が持ち家志向だったこともあるけれど、

両親の暮らし方は必ずしもダメ、ではなかったのかもしれないのです。

 

土地を持つとそこに縛られる・・。

だけど簡単に手放せない分、うまく切り抜ける方法を考えて乗り越えていく。

それも人生には必要な要素です。

賃貸は、年を取ってくると貸してもらいづらくなくというのも、聞いたことがあります。

年を取ってから居場所がなくなるのはつらいことです。

だから、私は家が欲しかった。。。

 

自分の家を持つこと

賃貸で住まうこと

両方の善し悪しを考えて、自分の生き方に合った方を選ぶこと。

これが一番大切なことなんだと思います。

 

小学生だったころの私に、

「お父さん、お母さんはダメじゃなかったんだよ」

と伝えてあげたいと思うのでした。

 

なんでも美味しく召し上がれ

私は決してグルメではありません。

食に対してこだわりがない方だと思っています。

何を食べてもたいていおいしいと感じられる自分の舌に、

「貧乏人だな」

と思ったりもしますが、感謝しています。

 

グルメ番組も善し悪し

グルメ番組で舌の肥えた職人さんたちが品定めをする番組があります。

一口をじっくり味わいながら食べて、値段に見合う味なのかをジャッジするのです。

私はこの番組を見ていると、なんでもおいしく食べられる自分が幸せ者だと感じます。

 

審査員の人がマズイとジャッジしたものを、私はおいしいと感じ食べている・・。

これって私の舌がバカだと言われている気がしてしまいます。

でも、その品物を一生懸命作っている人がいるのに、マズイとテレビでジャッジしてしまうのはかわいそうだなと思ってしまうのです。

作った人は、絶対にまずいものを作ったという自覚はなく、商品化できる味だと判断して販売しているのに、たまたま審査員の口に合わなかったからといって、駄目な送品だとジャッジするのは正しいことなのでしょうか。

 

その逆に、審査員全員がおいしいとジャッジしたものは、ついつい試してみたくなるのも人の性。例にもれず、私もテレビを見たその足でコンビニに行った経験があります。

「みんながおいしいっていうんだから、絶対おいしいに決まってる。」

そんな思い込みもあって、多少味の評価に刷り込みが入ってしまいますが、実際食べた時にはそれほどおいしいと思わなかったものもありました。

 

最強で生きてこ!

世界中の食べ物を、なんでもおいしく感じられたら、こんなに最強なことはありません。

どこでも幸せに生きていける力です。

もちろん、本当に手の込んだおいしい料理を食べたら、感動するのかもしれません。

私がそういう経験をしてこなかったから、分からないだけなのかもしれません。

それでも大抵のものをおいしく食べられて、幸せを感じることができるのであれば、私はこのままでいいと思います。

 

たまに、食事を食べながら「まずい」と口にする人がいます。

こういう人とご飯を食べるのは苦痛です。

まずいなら食べなきゃいい。

それでお腹を空かせても文句は言えない。

 

こういった価値観がずれてくると、友達としても恋人としても、だんだんしんどくなってきます。

食の好みが合うことは、人とのつながりにおいて大きなウエイトを占めているのかもしれませんね。

 

 

 

ずっと好きでいられたら

好きなことは努力しなくても続けられると本に書いてありました。

好きなことは辞めようと思っても辞められず、ただ、好きだからやり続け、それを極めていけば仕事になるとも書いてありました。

 

私はいくつか趣味を持っていました。

興味がわくとすぐに実行に移さないと気が済まない質で、チャレンジ精神だけはおおせいです。

 

シルバークレイアートの世界へ

シルバークレイにはまったのは、40歳を過ぎた頃。

ネットで好みの作品を作る先生を見つけて、わざわざ1時間かけて、月に2回通いました。

その先生が作る作品は繊細で、身につけたくなるような素敵な作品。

自宅で教室を開いているというその自宅も、古いながらも手入れが行き届き、アロマが微かに香る良い雰囲気のご自宅でした。

この教室と作品販売で生計を立てているというその先生は、夫はおらず、私よりも少し大きいお子さんが二人。

本当にそれで生活できているのかと驚きました。

たぶん実家から援助を受けていたのだと思います。

それでも自分の好きなことを仕事にして、生活しているという生き様も私には憧れでした。

いつか私も、自宅教室を開いて生計を立てたい・・・。

そんなことを思ったものでした。

 

頑張ってシルバークレイの資格も取りました。

そのタイミングで、自分の窯(持ち運び可能な小さなものです)を買いました。

窯さえあれば、自宅でいくらでもシルバーを焼くことができる、

その環境が整ったのです。

ちょうどその頃、20年務めた仕事を辞めて、自由な生き方を模索していたころでしたので、仕事を辞めてからしばらくはシルバーアクセサリーづくりに日々を費やしました。

 

憧れの自宅で作品作りだったけれど

ところが、自宅でシルバーを作っていると、家のことが気になりだしたのです。

朝から作品作りで机を広げても、お昼ごはんを作るという仕事がすぐにやってきました。

そのあとは買い物に行ったり、簡単な買い出しをしていると、午後は1時間~2時間ほどしか作品作りの時間が取れず、まだ夕ご飯の支度です。

シルバークレイは、始める前に準備がいろいろあります。

しかも手が汚れるし使う道具も多いので、そのたびに片づけるのはとても面倒でした。

やりたいことがあるのに、家事に邪魔されるのがストレスになってきたのです。

 

そして、そんな私にそもそもの疑問が生じ始めたのです。

「こんなたくさんの作品(主にアクセサリー)を作って、売れなかったたらこの作品はどうなるんだろう。私の指は10本しかないのに・・・。」

 

作品を作り続けることへの疑問。

 

これを考えてしまったら、作家としてやっていけるわけがありません。

また、私はあの先生みたく繊細でこだわりのある作品を作る気質を持っていないのだと感じ始めていたのです。

 

挫折・・・結局サラリーマン

いったん作ることを止めてしまうと、再び面倒な準備や片づけをしてまで作る気にはなれず、

また、シルバーそのものに興味がなくなってしまい、

それきりになっています。

自宅教室も憧れではありましたが、実際は複数の他人を家に入れること、母と同居しており家を自由にできなかったこと、家が片付いていないことなどもろもろの事情を考えると実現不可能と判断しました。

その後はまたサラリーマンに戻り、現在に至るわけです。

 

本当にシルバークレイが好きだったら、面倒だなんて思わなかっただろうし、作る意味など求めなかったと思います。

「やりたいからやる」そのシンプルな動機付けがなかったら続かないのだと実感しました。

もしあの時、作品作りを続けていたら、今頃私は憧れの自宅教室の夢をかなえていたかもしれないし、私の作品を多くの方が手に取ってくれたかもしれません。

 

すべては「続けていたら・・・」なのです。

 

続けなければプロにはなれず、好きでなければ続けられない。

 

この当たり前の法則が難しい!

どんな時でも続けていたくなるような趣味なんて、私にあった?

今後そんなん趣味が見つかる?

これこそがまさに、私がサラリーマンでしかないという現実なのです。

 

才能ではなく好きという気持ち。

これがすべての源泉。

今一流で活躍している人は、続けてきた人であることは間違いありません。

私には何もないから、

今私はエッセイを書き続けようと思っているのです。

 

 

 

 

私の目標

私は知り合いのブックカフェで、シェア型書店の1棚をお借りしています。

自分のおすすめの本を並べて、手に取ってもらって、気に入ったら買ってもらえる仕組みです。

3か月で7500円の賃料がかかります。

売り上げからも一部お店に支払いがあるので、毎月当然の如く赤字になるわけですが、自分のお店を持っている感覚を味わえる場所なので、私は全然構わないと思って、1年ほど続けています。

 

おすすめの本を増やすために、積極的に本を読むことが増えましたし、ブックオフなどで好きな本を安く仕入れることも楽しみになりました。

もちろん、お気に入りの本は手放さず、中古の本を仕入れて売るので、本を読めば読むほど、自分の本棚の本が増えていきます。

家の中のいたるところに本が置いてあり、片付いていない印象。

それでも電子書籍ではなく、紙の本が欲しくなるのは、その装丁の美しさや重さ、手触りなどがリアルだからかもしれません。

とりあえず買ったカラーボックスではなくて、自分の本をきれいに収納できる本棚が欲しいと思っています。

そして、家の中をシンプルに片づけたいという欲求を、沸々と募らせているのです。

 

リビングには息子たちの洗濯終わりの洋服がずっと積んであったり、

脱いだコートが投げ捨てられていたり、

開封の手紙が積まれていたり・・・

とても恥ずかしくて、急な来客を受け入れることはできません。

言っても直らないし、

同居の母は片づけることができないし。

一日のほとんどを職場で過ごす私に、部屋を片付ける時間なんてないのです。

だからずっと、諦めて見ないふり、感じないふりをし続けています。

 

長男が家を出て、次男も来年には社会人。

そろそろ私の思うようなリビングにしてもいいんじゃないか、できるんじゃないかという思いが増してきています。

 

リビングに私の好きな本をたくさん置ける本棚を置く。

ゆっくりお茶を飲んでくつろげる空間を作る。

人を呼べるリビングにする。

 

こんな願望を、今回こそは叶えたいのです。

 

ミニマリストのインスタなどを見ると、部屋もさることながら、クローゼットもシンプルで、年間通して数十着の服しか着ないという人が多くいます。

オンオフを考えると、到底無理だと思っていたのですが、そのオンオフを無くせばできるのかもしれない。

洗濯後の洋服を片付ける手間、

衣替えの手間、

服選びの手間・・・

それらを手放せるのならば、洋服の断捨離も悪くない。

そう思えてきたのです。

衣替えの度に、来ていない服・くたびれた服を捨ててはいるものの、まだまだ洋服はたくさん、クローゼットを占領しています。

洋服が減ったら、服はたたんで引き出しにしまうことを止めて、すべてハンガー収納にしたい!

これで毎日のストレスが減る!

夢のようです。

そして部屋も片付くのならば、やらない選択肢はありません。

 

わが家はとにかく、物に溢れていて、それがどれもいとおしい物ではなく、ほとんど不要なもの、捨てそこなっているものばかり。

そんな者たちに私の人生を支配されるのは真っ平ごめんです。

今日から少しずつ、部屋の片づけをしようと心に決めたのです。

 

なんだかんだ、このエッセイも続いているし、無理さえしなければきっとできるはず。

今は早く片づけをしたくてうずうずしている私です。

そして、気持ちの良い部屋で、のんびり暮らしていきたい。

それが私の夢・・・ではなく目標です。

繁忙期に想うこと

夜中に目が覚める

私は自分がストレスに強い人間だと思っています。

嫌なことがあってもすぐに忘れるし、そこまで悩み込むこともないし、

心を病んでしまうなんてことを想像することができません。

だけど、仕事でやらなくてはならないことが増えてきて、最近では夜中、目を覚ますようになりました。

目が覚めると、すぐに思考が始まって、

「明日アレやるんだった」

「昨日やったこれ、ひょっとして違っていたかも」など、

夜中にフツフツと心配事が浮かんでくると、1時間たっても眠れないことがあるのです。

眠れないと焦ってくるし、

仕事のことを考えるとすぐに対応しておかなくちゃと焦る気持ちになるし、

安心して眠れてないんだなと思います。

 

トラブル対応は大きな負担に

これは前職でマネージャーをしてきた頃からの現象です。

そして派遣で働いたときにはなかったことです。

やはり仕事の責任が大きくなると、私の中での負担が大きくなって、

このようなことになるのだということが、今回の仕事からも分かりました。

 

仕事は楽しいこともあるけれど、やりたくないことも所々あります。

苦手な人に質問することや、トラブル対応、無駄な話で残業するのも嫌いです。

自分のペースで仕事ができるのはいいけれど、その分責任の重い今の仕事は、私にとってやりがいとストレスを与える仕事でもあります。

無事トラブルを乗り越えた時は成長するときなのかもしれませんが、トラブルは回避できるに越したことはありません。

一人で抱え込んでしまうことも多いので、それで自分の首を絞めているのだと分かっても、なかなか相談できないこともあります。

 

小さなことがストレスになって、蓄積されていく。

 

心の病を発症させる人は、きっと最初は気付かずに過ごしていて、

眠れない日があったり、

ゆっくり食事をとることができなくなったり、

人と仕事以外の話をする時間がなかったり、

そんな日々をやり過ごしているうちに病んでしまうのかもしれません。

 

職場環境って大事

ストレスを発散させる方法は人それぞれ。

私の場合、甘いものやドカ食いをしてしまったり、とにかく眠ることで元気を取り戻しています。

職場に仕事の愚痴を言える人がいると助けになります。

家族に話しても、背景が分からないと伝わらないことも多いので、やはり職場のことは職場の人に話すのが一番理解があります。

前職では同世代の女性ばかりの職場だったので、その点、それぞれ愚痴を話しながら、笑い飛ばしたり、一緒に怒ったりしながら吹き飛ばしていました。

今の職場は男性や若い人が多いので、なかなか本音で話すことはできません。

そういったこともストレス軽減の妨げになっているのでしょうか。

 

繁忙期よ、去ってい行け

今一番仕事が忙しい時期。

特に新しく担当を持った私は、今が頑張り時。

周りのみんなも大変な時だし、何とか無事乗り越えて、繁忙期をやり過ごしていければいいなと、思うばかりです。

そして、少し余裕が生まれたら、会社の福利厚生で新たに提供された英会話レッスンや、ビジネスマネージャーの資格に挑戦したいなと思っています。

すべては、この嵐が去ってから・・・。

変わっていく興味、変わらないわたし。

今年度に入ってから、すっきり快晴の日が長く続くことがあまりありません。

特に4月は毎日のように雨が降りました。

せっかくの桜も悲しげに濡れそぼって、桜を楽しむ時間が短かったように思います。

今年の新入生、新入社員はかわいそうでしたね。

 

社会人にとっての4月1日

私が仕事を始めた頃、通勤時間の駅のホームには、明らかに新入社員だと分かる、不慣れなスーツ姿で緊張した若者がたくさんいました。

入社2年目の私は、そんな姿を見かけると、「私もあんな感じだったんだな」と少し恥ずかしく1年前を思ったものです。

入社して数年間は、4月1日が特別な日に思えて、新入社員であろう若者の姿が自然と目に入り、自分と重ね合わせたものでした。

でもいつの日か、4月1日という日がただの365日のうちの1日になり、すべてのものが街の一部の景色となって、目に飛び込んでこなくなりました。

そんな自分に、少しショックを感じたことを覚えています。

 

子育ての頃の景色

子育てをしていた頃、小さな赤ちゃんを連れている人に目が行くようになりました。

「うちと同じくらいかな?」

「うちの子ももうすぐあんなことができるようになるんだな」

「うちの子もあんな時期があったよな」

自分と重ねて、いろいろ感じたものでした。

 

ベビー服の売り場に行くと、かわいいものを見つけて欲しくなったり、

トイザらスのようなおもちゃ売り場も毎週のように出かけていたと思います。

でも子供の成長とともに、だんだん行くことがなくなり、

興味もなくなり、

今度は受験情報や塾選びへと、私の関心は移っていきました。

 

変わりゆく景色

年代が変わり、価値観や興味のあることが変わっていくのは当たり前のことです。

だけど、あんなに夢中だったことが、今は全く興味を持たなくなるということは、

なんだか寂しく思えてくるのです。

 

学生の頃、ハリウッド映画が大好きで、一人で映画館に見に行ったし、

いつか字幕なしで映画を楽しめるようになりたいという夢を持って英会話学校にも通いました。

あの頃の映画は今も私の心を満たしてくれて、これからも、何回も繰り返して観たいと思える映画ばかり。

それなのに、あの頃のような情熱を、今持つことが出来なくて。

なんでなんだろう?って自分に問いかけても分からない。

ただあの頃が懐かしく、

眩しくて、

少し切なく感じます。

 

日々、年を重ねていく中で、一度失った興味や情熱を取り戻すことは難しいのでしょうか。

何かを突き詰め、続けた人にだけ見える景色があるのなら、私は一度もその景色にたどり着くことのない人生を生きていくのでしょうか。

 

迷いながら生きてゆく

子どもの頃、大人になるとなんでもできて、迷いもなく、正しく生きていけるものだと思っていました。

私の両親も、祖父母も、学校の先生も、大人はみんな迷ったり悩んだりせず、一本の道を歩いているのだと思っていました。

でもきっと、そうではなかった。

きっと両親も、祖父母も、学校の先生も、大人はみんな不安と迷い、焦りの中を歩いていたはずです。

 

大人になった今わかるのは、私自身、小学生の頃の私と何一つ変わっていない、同じ自分だということ。

そして、未来の私。80歳になった私も、きっと小学生の頃と何一つ変わらない、同じ私であるだろうということ。

いつまでも迷って、その都度見える景色が違って、

でも私はわたし。

そんな人生を歩いているのでしょう。

 

 

夢は不思議

泣いて目覚める夢

昔から夢を見て泣いて目覚めることがあります。

そういう夢は結構強烈で、夢の中身すべてを覚えているわけではないけれど、なぜ泣いたのかは覚えているものです。

私が記憶している泣いた夢は、確か大人になってからみた夢、、、多分父が他界してからだったと思うので、すでに出産してからの夢だったと思います。

自分がまだ小さいころ、両親や祖父母と暮らして居た頃の夢…

家が火事になり、猫を助けに家の中に戻った父が亡くなる夢でした。

たくさん泣いて目が覚めたけれど、目覚めた時、「父ならきっとそうするだろう。そういう人だったよな」と思ったことも覚えています。

その夢の元となったのかもしれない、ある出来事を覚えています。

これは実際の記憶ですが、私がまだ幼稚園に入る前の千葉の家に住んでいた頃の記憶…

家族でお出かけしようと、家を出たところで道路に猫がひかれているのを見つけました。

私と姉がかわいそうだと訴えたのかもしれません。

父が道行く車を止めて、その猫の亡骸を抱きかかえた光景を、はっきりと覚えています。

父は動物全般が苦手な人でした。それなのにこのような行動ができた父を、すごいなぁと思いました。

その記憶があるからこそ、見た夢ではないかと思っています。

自分の親が、そういう場面で逃げ出す人ではなく、きっと自分の事を顧みず助けに行く人だと思えるのは本当に稀なことではないでしょうか。

いろいろ癖のある父でしたが、そういう点での信頼はとても厚い人だったんだとあらためて感じます。

そして誇らしく思います。

大きな財を残すことはできなかったけれど、人としての価値を残してくれました。

 

夢はどこからやってくる?

ここで夢の話に戻りますが、夢と記憶が結びついていることは確かだと思います。

ゼロから描いた夢というよりは、記憶と出来事、感情が結びついて生まれるのが夢なのではないでしょうか。

夢解析の本を読んでも、難しい言葉が出てきて最後まで読むに至らないことが多く、本当のことが分からないのがモヤモヤします。

 

昨日も私は夢の中で泣いていました。

お引越しするのに、大量のぬいぐるみを置いていくという夢です。

そして飼っていた猫たち(夢の中では飼っていた記憶はなく突然現れた猫)も置いていこうとしている母に、猫が「置いていくのか」的な言葉をしゃべってるのです。

このままここに置いていくと、家は燃やされて猫たちやぬいぐるみも燃やされてしまいます。

そう思って泣いている夢でした。

夢の中に出てきたぬいぐるみは、いつか見たことがあったようなものもあり、夢の中で懐かしんでいたような気がします。

 

どういうタイミングで記憶が呼び覚まされるのか、本当に不思議でなりません。

泣いている夢ではなくても、なんでこんな夢をみたのかしら?と目覚めてしばらく考えてしまうような夢を見ることがあります。

あたかも、夢の中の出来事が本当にあったことのように感じることもあります。

夢を見ている自分は自分であり、私の中に夢の記憶がある以上、本当に起こったことと夢の中の出来事を記憶しておくことができなくなったりしないのかしら。

そんなことも考えるようになりました。

さいころから考えること、空想することが大好きだったので、こんなことを考えるのも楽しみではあるのです。

 

意外にも、楽しかった夢はあまり・・ほとんど覚えていないのも、とっても不思議です。

覚えていられないなら、こうやって何かに記しておくといいですね。